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コラム

PTSDの症例 ミンナ(4/5)

一連の夢のつづき

ミンナの分析では夢が解決策や解決を示すような、重要な役割を果たしています。

④第四の夢。ある面接の終わりに、彼女は夢を語ります。「ねじの夢を見ました。私はねじの周りに糸を巻き付けていて、それを解いたり巻いたりしています。解いているよりも多く巻いていました」。

 

分析家がルーマニア語で“ねじ”は何と言うのかと問うと、「その発音はほとんどエヴァを誘惑した蛇と同じ発音です・・幸せが完璧なかたちで存在していた楽園からの追放です」と答え、自由連想を続けます。「ルーマニア語で『人生の糸』という表現があるんですけど・・この表現はスペイン語にもありますか?」と尋ねてきます。

この夢はテロによってミンナになにが起こったのかを教えてくれていると分析家は考えます。ミンナの連想から言えることは、ねじとは蛇のことであり、「楽園からの追放」に関連しています。確かに旧約聖書の創世記には楽園追放の話があり、蛇が出てきます。この夢が意味しているのは以下のようなことになります。実際、ミンナは父親の価値観に沿った形で、それまでは幸福に生きてきたと考えられます。もしそれがそのまま続いていれば、悪夢も生じなかったはずです。しかしテロ行為によってトラウマを負い、そのような楽園に住んでいることできなくなり、追放されてしまったと考えられます。言わば「人生の糸」がほどけてしまったのです。それで夢の中で糸を「解いているよりも多く巻く」必要があるのでしょう。

 

⑤ 第五の夢。彼女は笑いながら語ります。「一匹のワニがいて、私以外のみんなを噛んでいます。その尻尾をつかまえて宙に逆さ吊りにします。頭部が下になっています」。

彼女は難を逃れていて、状況をコントロールしつつあると、考えることが出来ます。ほかの人はワニに噛まれていますが、彼女はその尻尾を握ることすら出来ているのです。

 

⑥ 第六の夢。カルミナ・オルドニェスが出てくる夢。この夢は次の5/5で取り上げます。
カルミナ・オルドニェスは、有名な闘牛士の一族ファミリア・オルドニェス出身のセレブリティで2004年自宅の浴室で変死を遂げた女性です。

 

⑦ 第七の最後の夢。「私は目を覚ましました、するとベッドの足元に顔のない一人の男性がいました。私が感じたのは安らぎの感情でした」。

第一の夢では「横たわるキリスト」の非難するようなまなざしが悪夢としてミンナを悩ませていましたが、面接を重ねることで、「顔のない男性」が夢に出てきて安らぎを与えるに至りました。ここでは非難するようなまなざしは、完全に消えています。ミンナの恐れ、不安は消え去り、笑うことが出来るようになり、「人生の糸」も取り戻すことができたと考えられます。

 

こうしてミンナは回復し、ミンナの面接は20回で終結となりました。ラカン派の精神分析の心理療法として、迅速に効果があった例と考えられます。

 

腫瘍の問題と面接の終結

 

後回しにしていた第六の夢の時期に戻ります。
ミンナはこの頃満足していました。息子はルーマニアでの学業をやめて、スペインに移住して働くことに決めました。ミンナは故郷にいる時には息子のために冷蔵庫のある場所を用意するなど、彼に対して過保護な態度で接していました。しかし彼の自立への決意を聞いて、ミンナもそのような態度を改めようとするかも知れません。

 

しかしまさに面接が終盤にさしかかったこの段階で、「実は子宮に腫瘍があり、ほんの数日前に医者に行ったところです」と語ります。腫瘍についてはテロが起こるより前から分かっていたことだったのですが、彼女は怖くてずっとそこから目を逸らしていたのです。
彼女は「テロよりも(腫瘍に関して)不安はありません。私のからだで起きていることでは傷つかないのに、テロがこんなに私を傷つけるなんて変ですよね」と言って、第六の夢を見たのでした。内容についてはあまり覚えていないようでしたが、よく話題になるセレブの女性が出てきました。その女性は闘牛士一族に属すること、変死を遂げたことで知られていました。

その夢に登場した女性の名前はカルミナ・オルドニェスですが、カルミナ(Carminna)の中にはミンナ(Minna)が響いています。ですからこの夢はここではミンナの死を意味していると考えられます。これはミンナが腫瘍を不安に思い死を怖れていることと関連しているでしょうが、そのほか、父親に従順だった娘としてのミンナが死ぬことを表しているのかもしれません。

このあと手術はすぐに行われて腫瘍は害のないものと判明しました。ミンナは自分が元気であると感じ、顔のない男性の夢(第七の夢)を語ります。そしてそれが最後の面接であることにミンナと分析家の意見が一致して、面接は終わりました。    (5/5につづく)

 

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PTSDの症例 ミンナ(3/5)

一連の夢 (3/5)

 

面接の中で、ミンナがテロに遭った直後に始まった悪夢から、最後に回復を示す夢に至るまで、7つの夢が取り上げられています。

 

① 初回に語られた悪夢。ミンナを見つめ、負傷者を救助する義務を怠ってしまったことを毎晩思い出させるような「横たわるキリスト」の男性が繰り返し登場します。しかしミンナの場合、この夢は分析を始めると速やかに消え去りました。

ミンナにとってトラウマを生んでいるものは何か。それは彼女を非難するような「横たわるキリスト」の男性のまなざしであると、ひとまずここで考えることが出来ます。

 

② 第二の夢(2/5にある夢)。夢の前半は彼女が体験したテロ行為が表現されています。また、彼女を非難するようなまなざし、という観点から考えれば、夢の後半部分にまなざしはまだ存在しています(「たくさんの人がいて静かに私を見つめています」)が、それはだいぶ穏やかなものになっています。

一時はスペインに帰りたくなったミンナでしたが、分析家との関係がしっかりとできて留まる選択をしました。

 

③ 第三の夢。ブカレスト(ルーマニア)の下水道からの脱出に成功する夢。

「私はブカレストの下水道にいます。そこではドラッグをやる非常に貧しい人たちや子どもたちがくっついて住んでいます。私はそこから出なくてはならないのですが、私の後ろにはジプシーの女性がいます。トンネルの先には光があり、私にとってこの光はとても重要なのです。私は強いんです。私はそこから脱出します」。

夢について連想するなかで、下水道にいる貧民や子供たち、ジプシーの女性とは社会のマージナルなところにいる人々をたとえたものであり、彼女はそのような社会的地位から脱出したいと思っていたことが明らかになります。しかしそれは清貧をよしとするような父親の教えとは全般的に相容れない考えでもありました。また、この夢は母親がミンナに語っていたことも連想させました。母親は「人が夢を見た後目覚めて光を見たら、夢を覚えていられない」とか「ジプシーの女性を夢に見るのは縁起が悪い」と言っていました。分析家はここからこの夢は母親が言ったこと、母親の教えを打ち消しに来ていると考えたようです。全般的に言ってこの第三の夢は、ミンナ自身がもっている希望やしたいことが描かれていると言えます。それがたとえ両親の教えに抗う内容であっても、です。

 

そしてこの第三の夢を見た後、両親の信仰する宗教や価値観に対して、ミンナは疑問や不満を大いに語るようになります。その宗教では安息日には労働してはいけないと命じていました。そのため、彼女の息子が自動車の故障で困ってミンナの両親に助けを求めた時にも動いてくれなかったことを、とても憤慨して語りました。

 

さらにこの第三の夢を見た時期のことです。彼女は職場に行く途中アトーチャ駅を必ず通るのですが、最近は時々立ち止まってそこに記されている亡くなった人たちの名前を読んでいると語ります。さらに次の週末にはカイードスの十字架(スペイン内戦戦没者のための慰霊碑の十字架)を訪れる予定だと話します。

トラウマが問題となる臨床では、トラウマに関連する場所や人、物を回避するといった症状があったり、また治療者側も積極的に回避を勧める場合もあります。ケースバイケースです。しかしミンナの場合は、第一の夢が消え去った後のこの段階で、犠牲者たちのことをあえて考えたいという気持ちになったようです。このことは「横たわるキリスト」の男性のまなざしから逃げるのではなく、それと向き合うことや、非難するまなざしを、積極的に死者としてこころの中で弔うことを試みているとも、ひとまず考えることが出来るでしょう。                                 (4/5につづく)

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PTSDの症例 ミンナ(2/5)

ミンナの歴史

その後面接が続けられるなかで、彼女は自分の話=歴史(ヒストリー)をいろいろ語りながら、徐々に落ち着きを取り戻します。彼女自身も父親と同じく信心深かったことや家庭が貧しかったこと、早くに学業はあきらめて結婚し、いま成人に近い息子もいることなどを語ります。

 

つづいてある面接の中で、テロリストがスペイン高速鉄道をハイジャックしたことをニュースで知り、再び極度の不安に捉われていると語ります。息子を祖国のルーマニアに残してきている彼女は、急に帰国を考え始めます。それまで仕事が順調だったこともありスペインにはとても温かく迎えられていると感じその国を愛してもいましたが、それが今や、不気味な国、自分には見知らぬ国のように感じられるのでした。

 

その後の面接で、彼女は次のような夢を見たと語ります(第二の夢)。

「生命も、光もない、不気味な死の道を私は進んでいきます。二人の友だちと一緒に、とても古くて廃れた駅舎に入ります。友だちと私のあいだに突然、三つの爪のような先端がついた、巨大クレーンのアームが落ちてきます。その時私は友人と離れているのが分かり、合流するためには大きく迂回しなければならないようでした。私の周りにはたくさんの人がいて静かに私を見つめています。一人の女性が私に話しかけてきて、彼らは大勢いるのだから彼らと一緒に留まるようにと私に言いました」。

 

この夢の前半はミンナが体験したテロの場面の再現だと考えられます。アトーチャ駅に友だちと行き、そこで突然爆発音とともにテロ行為がはじまったことが、夢の中では友だちと駅舎に入ると、突然巨大クレーンのアームが落ちてきたというふうに表現されています。

また、夢の中でミンナに留まるように言う女性とは、ミンナの話を聞いている女性分析家のことであると考えられます。祖国に帰りたいと願っていたミンナでしたが、そうはしないで分析のためにスペインに留まることに決めていました。女性分析家との間にしっかりとした繋がりが出来ていることが、この夢から考えられます。

 

この時からミンナの無意識が開かれて、夢が様々に生じるようになります。精神分析にとって、夢はその人のこころの状態が様々な形で表現されていると考えられています。ただし、多くは「夢で○○を見たからこれはXXのことを意味している」のような、単純な形で表現されているわけではありません。夢に出てきたものが何を意味しているのかを理解するには、夢を見た人自身がその夢について思いつくことを何でも話す(自由連想)ことが必要です。その自由連想こそがその人の言わば辞書となるものであり、夢が表現している意味はその辞書に基づいて解き明かされることになります。そういう意味で、分析はミンナと分析家との共同作業と言えるのです。

 

ところでこのミンナの症例では、とりわけ夢が、治療にとり大事な位置を占めています。ミンナの分析家アラセリ・フエンテスは、夢自体がミンナの病いの解決策や解決を示すような夢だったと考えていたようです。それらの夢は分析の進展を物語るものであり、彼女が回復していく過程をそのまま示してもいます。それらを時系列にそって紹介します。             (3/5につづく)

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