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PTSDの症例 ミンナ(2/5)

ミンナの歴史

その後面接が続けられるなかで、彼女は自分の話=歴史(ヒストリー)をいろいろ語りながら、徐々に落ち着きを取り戻します。彼女自身も父親と同じく信心深かったことや家庭が貧しかったこと、早くに学業はあきらめて結婚し、いま成人に近い息子もいることなどを語ります。

 

つづいてある面接の中で、テロリストがスペイン高速鉄道をハイジャックしたことをニュースで知り、再び極度の不安に捉われていると語ります。息子を祖国のルーマニアに残してきている彼女は、急に帰国を考え始めます。それまで仕事が順調だったこともありスペインにはとても温かく迎えられていると感じその国を愛してもいましたが、それが今や、不気味な国、自分には見知らぬ国のように感じられるのでした。

 

その後の面接で、彼女は次のような夢を見たと語ります(第二の夢)。

「生命も、光もない、不気味な死の道を私は進んでいきます。二人の友だちと一緒に、とても古くて廃れた駅舎に入ります。友だちと私のあいだに突然、三つの爪のような先端がついた、巨大クレーンのアームが落ちてきます。その時私は友人と離れているのが分かり、合流するためには大きく迂回しなければならないようでした。私の周りにはたくさんの人がいて静かに私を見つめています。一人の女性が私に話しかけてきて、彼らは大勢いるのだから彼らと一緒に留まるようにと私に言いました」。

 

この夢の前半はミンナが体験したテロの場面の再現だと考えられます。アトーチャ駅に友だちと行き、そこで突然爆発音とともにテロ行為がはじまったことが、夢の中では友だちと駅舎に入ると、突然巨大クレーンのアームが落ちてきたというふうに表現されています。

また、夢の中でミンナに留まるように言う女性とは、ミンナの話を聞いている女性分析家のことであると考えられます。祖国に帰りたいと願っていたミンナでしたが、そうはしないで分析のためにスペインに留まることに決めていました。女性分析家との間にしっかりとした繋がりが出来ていることが、この夢から考えられます。

 

この時からミンナの無意識が開かれて、夢が様々に生じるようになります。精神分析にとって、夢はその人のこころの状態が様々な形で表現されていると考えられています。ただし、多くは「夢で○○を見たからこれはXXのことを意味している」のような、単純な形で表現されているわけではありません。夢に出てきたものが何を意味しているのかを理解するには、夢を見た人自身がその夢について思いつくことを何でも話す(自由連想)ことが必要です。その自由連想こそがその人の言わば辞書となるものであり、夢が表現している意味はその辞書に基づいて解き明かされることになります。そういう意味で、分析はミンナと分析家との共同作業と言えるのです。

 

ところでこのミンナの症例では、とりわけ夢が、治療にとり大事な位置を占めています。ミンナの分析家アラセリ・フエンテスは、夢自体がミンナの病いの解決策や解決を示すような夢だったと考えていたようです。それらの夢は分析の進展を物語るものであり、彼女が回復していく過程をそのまま示してもいます。それらを時系列にそって紹介します。             (3/5につづく)

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PTSDの症例 ミンナ(1/5)

PTSDの症例を紹介したいと思います。これはジャック₌アラン・ミレール編「精神分析の迅速な治療効果」(福村出版)に掲載されている症例の要点だけを抜き出して、専門用語を使わずに読みやすく書き直したものです。

分からない点も出てくるかも知れませんが、PTSDに精神分析がどのように取り組むのかが垣間見れる症例であると思います。少し長くなりますので、5回に分けて説明します。

 

テロに遭遇してトラウマを負った30代女性

 

ミンナは38歳で、ルーマニアからスペインにやってきた移民の女性です。マドリードで家政婦などをして働いています。

2004年3月11日、マドリードでイスラム過激派による列車の同時爆発テロが起こり、191名もの人々が犠牲になり、2000名以上の人々が負傷しました。テロがあった時彼女は出勤前で、同僚たちとアトーチャ駅のカフェでくつろいでいました。直接的な被害には遭わずにすみましたが、爆発は駅構内にあった列車で起こったため、彼女は爆発現場の混乱に巻き込まれます。二度目の爆発音が聞こえるとすぐに彼女には爆弾だと分かり、恐怖に駆られて外へと走りだします。友人たちを置き去りにして、負傷者や死者たちのあいだをぬって逃げたのでした。そして逃げている間、ひとりの男性のまなざしにぶつかります。その男性は負傷して地面に寝かされていましたが、顔が血まみれで、それはあたかも“横たわるキリスト”(キリスト横臥像※)のようだったと言います。この“横たわるキリスト”の像が毎晩夢に出てきて彼女を見つめるようになりました。

 

※ キリスト横臥像とは、十字架から降ろされ、横たわったキリスト像であり、しばしば、
傷跡や苦悩の表情などとともに宗教画に描かれるものです

 

それからしばらくして、彼女は心理的な援助を求めて、分析家が勤める相談機関にやってきたのでした。

 

ミンナと女性分析家との出会い

 

初回、彼女は不安に捉われ動揺していて、休めていませんでした。また特に悪夢にうなされていました。ルーマニアの外務省に保護してもらおうと試みていましたが、うまくいっていないと話しました。

 

彼女はスペイン語がうまく話せませんでしたが、涙を流しながら分析家に自分を理解してもらおうと努力して話します。テロのとき、駅から走って逃げたこと、負傷者を救助するために立ち止まらなかったこと、父親から教えられていた、人のあるべき姿を体現できなかったことについて、自責の念に駆られていました。

 

ミンナの父親はキリスト教系のある新宗教を熱心に信仰している人物です。清貧を生きることを理想とし、他人から攻撃されたらもう片方の頬も差し出せという聖書の教えを娘にも説いていました。父親の視点からすれば、ミンナは負傷者を助ける義務を果たさず、過ちを犯したということになります。彼女は毎晩“横たわるキリスト”が出てくる悪夢を繰り返し見ることに関して、そのような話を女性分析家に語りました。

 

分析家の指針

 

女性分析家は、安易にミンナを罪責感から解くような言葉がけはせず、沈黙を守りました。するとミンナは、テロの直後自分が過ちを犯したのだと考えるのをやめ、むしろ他者、テロリストたちこそが過ちを犯したのだと考え、彼らへの憎しみを語るようになりました。ミンナにとっては憎しみという感情自体、経験したことのない感情に思われました。人を憎んではいけないという教えを堅く守っていたのかもしれません。

分析家はミンナが憎しみを口にするがままに任せます。今までミンナが自分のものとして認めてこなかった感情も、認めることができるようになるでしょう。   (2/5に続きます)

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PTSDについて

PTSDは post traumatic stress disorderの頭文字をとったもので、心的外傷後ストレス障害のことです。これは生死にかかわるような大事故(列車や航空機事故)や大地震、レイプや犯罪、DVなどの体験をしたりそれらを目撃したことで、後になって突然記憶が呼び覚まされて大きな苦痛を感じたり、関連するような悪夢を見る、不安、気持ちが落ち込む、動悸がする、などの場合のことです。そのような状態が一か月以上続いた場合その診断が下されます。

 

主な症状をあげてみると、侵入症状(フラッシュバック。辛い記憶が突然甦ってきたり、悪夢となって反復する)、回避症状(出来事について考えたりすることを極力避けようとしたり、思い出してしまうような人や状況などを回避する)、感覚や気持ちの変化(感情や感覚が麻痺する、孤立感や興味関心の喪失)、過覚醒・過度な警戒心や自己破壊的な行動をとること、などになります。

それまでの人生経験では太刀打ちできないような、あまりに衝撃の大きい出来事に見舞われたせいで、こころの機能がもはやそれまでのように普通に働かなくなると思われますが、PTSDの症状の多くは出来事に対する反応として、とても自然なことであるように思います。

 

トラウマ(心的外傷)を生むような体験というものは、その人にとっては不意打ち、悪いサプライズに遭うようなものです。なにもこころの準備がないところに、いきなりそうした体験が向こうからやってくるわけですから。そのような恐ろしい不意打ちにもう二度と遭わないために、外の世界を出来るだけシャットアウト・シャットダウンするには感情や感覚は鈍麻した状態の方が無意識的にはよいのかも知れません。またそれとは反対に、無意識的に不意打ちに備えてつねに臨戦態勢でいようとする結果、過度な覚醒状態や警戒状態に至るのだと、考えることができます。いずれにせよ、過酷な体験や記憶から、自分を守るための症状であると説明されることが多いです。

 

さらに、なぜ自分がそのような辛い目に遭わなければならないのか、自問したくなるのは自然なことです。そうした大事故や大地震といったものは、そこに居合わせたのはたまたまの偶然であり、言ってみれば運命としか言いようのないものです。ですから非常に不条理に感じるに違いありませんし、空虚感にとらわれるのも不思議なことではありません。

 

またこのように大きなトラウマを生むような出来事は、人生における大きな落とし穴のようなものでもあります。それまでの人生で積み上げてきたもの、努力して築き上げた生活、人とのつながりが、一瞬で破壊されてしまったり、大事にしてきた信念や信条に大きな疑念が生じる体験です。なにか神とか運命のような、大きな力にすがりたくなったり、反対にそれらを恨んだり捨て去る契機にもなり得ます。無謀な行動や自己破壊的な行動をとってしまったり、孤独にさいなまれたり孤立感を覚えたりするのも十分に理解できることです。

特に犠牲者がでている場合は、なぜ自分が助かり他の人は犠牲になったのかと考えて混乱したり、自分が犠牲になればよかったのではないかと思ったり、罪責感にとらわれたりすることもあります(サバイバーズギルト)。

 

日本では2011年に死者だけでも1万5千人が犠牲となった東日本大震災が起こりました。また現在進行形で、世界中がコロナ禍という大災害に匹敵する状況にあります。これらの体験は生死にかかわる体験であり、少なくない人々にPTSDにつながるようなトラウマを生んでいる可能性があると考えられます。

 

・主な治療法

医学的アプローチと心理的アプローチがあり、医学的アプローチとしては向精神薬になります。心理的なアプローチとしては、心理療法や、厚生労働省が薦めている認知行動療法(暴露療法、EMDR)などになります。

 

症例の紹介

当相談室では心理療法を実施しています。そのためPTSDに関するラカン派精神分析的な心理療法のひとつの症例を紹介してあります。これは『精神分析の迅速な治療効果』にある症例を読みやすく直したもので、スペインの列車同時爆破テロによってPTSDを患ったミンナという女性の話になります。    PTSDの症例ミンナ(1/5)はこちらです。

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