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「ウィニコットとラカンに学ぶ」について

「ウィニコットとラカンに学ぶ」という本が発売になっています(筒井亮太訳、日本評論社)。

 

ウィニコットはイギリスの小児科医で精神分析家でした。「移行対象」(スヌーピーのライナスの毛布のような)や「ほんとうの自己」、「ほどよい母親」などのことばを聞いたことがあるのではないでしょうか。

いっぽう、ラカンはフランスの精神科医で精神分析家でした。「フロイトへの回帰」や「想像界・象徴界・現実界」、「父の名」など、彼もまたその後の精神分析の世界に大きな影響を与えました。

 

この本は、8人のイギリスとフランスの分析家たちが力のこもった原稿を寄せています(デボラ・アナ・リウプニッツ、アンドレ・グリーン、ジェームズ・E・ゴーニ―、アラン・ヴァニエなど)。ラカンとウィニコットの交流やそれぞれの人となりについてなどの伝記的なことから、両者が生みだした基礎的な概念のちがい、両者に深く影響を受けた分析家はどんなことを考えどんな精神分析を実践しているのかなど、知ることができます。

 

両者ともに言えることとして思ったのは、ひとりの精神分析家の思想を全体的に理解するのには、相当な努力がいるのだろうなということです。ウィニコット、もしくはラカンのどちらかだけでも全体的に理解できるなら、それはかなり素晴らしいことだと考えられます。

またこの本にはいくつか臨床例が載っていて、理解を助けてくれると思いました。とくに興味深かったのはリウプニッツやゴーニ―が報告する症例でした。なぞ解きのようなところやドラマチックな性格をもっているからかと思います。

 

 

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第56回ECF大会について

今年の11月には、ラカン派精神分析の団体、ECFの大会が、二日間にわたって行われます。

その大会の趣旨文がダニエル・ロア大会委員長から発表されているので、訳してみました。

ロア氏は長年、特にたくさんの子どもたちと臨床でかかわっている、精神科医です。

研修医のころはフランソワーズ・ドルト(子どもの精神分析で有名なフランス人女性精神分析家。興味があればこちらをどうぞ)にスーパービジョンを受けていたと、お話されていました。

 

第56回大会のテーマはsentiment de la vieだということです。とりあえず「生きている実感」と訳しましたが、もっとよい訳があれば、修正したいと思っています。    56回ECF大会

 

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第15回 AMP大会(2)

第15回AMP大会(2) https://congresamp.com/fr/(大会専用のサイト)

 

 

5月2日(土)と5月3日(日)には、AMPに属する精神分析家だけでなく、精神分析に興味のある人たちが大会に集いました。パリ現地時間で14時から、日本時間だと午後9時からのおよそ6時間超にわたって、活発な議論が繰り広げられました。

 

 

第15回AMP大会 白熊とクジラ

 

5月2日(土)

AMP現会長のクリスティアヌ・アルベルティと、大会委員長のリカルド・セルデスの挨拶から始まり、その後は4部構成で行われました。研究発表が主でした。すべての部で座長が1名と、討論者2名がついていました。

 

第一部。ギル・キャローズが「ふたつの自己愛」、シルヴィア E・タンドゥラーズが「現代の享楽の変遷」と題する発表を行いました。

第二部。エリザ・アルヴァレンガが「フロイトにおける<性的関係のなさ>の手掛かり」、フィリップ・エルボアが「性器的喜劇」と題する発表を行いました。

第三部。ヴィルマ・ココズ「スフィンクスに対峙するフロイト」、エリック・ロランが「<性的関係のなさ>と転移愛」と題する発表を行いました。

第四部。ダニエル・ロア「ファルスが破裂し飛び去った日」、グラシエラ・ブロードスキー「私をつよく抱きしめて」と題する発表を行いました。

 

5月3日(日)

 

この日は大会委員長のリカルド・セルデスが、大会運営にあたり尽力した分析家たち、ひとりひとりの名前を呼び、壇上にあがってもらう・・ことから始まりました。総勢50名ほどだったでしょうか。会場からその間ずっと拍手が送られていました。

 

第一部。「三つのニュアンス」(大会テーマからインスピレーションを得て各自が考えたこと)というテーマが設けられ、それについてクリスチアーヌ・アルベルティ、フェルナンダ・オト-二、リリア・マジュブの三人が発表し、そこに座長とふたりの分析家が加わって討論がなされました。

 

第二部。「ミシェル・ボゾンへのインタビュー」。人類学者であり社会学者、とくにセクシャリティーに関する著書のあるボゾン氏に対し、デボラ=グテルマン・ジャケほか1名と座長によるインタヴューがなされました。

 

第三部。マルタ・セラ「性的関係を発明すること」、ドメニコ・コゼンザ「<性的関係のなさ>を拒否すること、または引き受けること」、カテリーヌ=ラザルス・マテ「接触なしに、いっしょに生きること」と題する発表が行われ、座長のほか2名加わり討論がなされました。

 

第四部。大会の締めくくりとして、ジャック=アラン・ミレールによって第16回大会のテーマが発表され、趣旨説明がなされました。今回の「性的関係は存在しない」に続いて、次回は「耐えがたいものImpossible à supporter」というテーマが選ばれました。耐えがたいもの、とは、そもそもセクション・クリニックが立ち上がるときに、ミレール氏がラカンに「<臨床(クリニック)>を定義してほしい」と頼み、ラカンがそれにたいして与えた返答だったということです※。「耐えがたいもの」とは、臨床においては症状を指したり、現実的なもの(le réel)を指したりします。性的関係を書くことの不可能性(impossibilité)と、「耐えがたいもの」とはimpossibleという点で共通点がある、とのこと。

次回までの2年間は、このテーマをめぐって各自、各団体が、勉強することになります。

 

私自身はすべて通して参加し、時差がある点がきつかったし聞きとれないところ等も沢山ありましたが、全体的にいってとても楽しかったです。発表によると大会にはじっさい33か国の人たち(2600名)が参加したとのことですが、分析家と言っても雑多な集団であり、その多様性と自由さみたいなものも発表から十分に感じることができました。日本についても話題に出ており、少なくとも最終日の第3部カテリーヌ=ラザルス・マテが話題にしていました(「引きこもり」現象についてと、「自分自身との結婚をする人たち」について)。また、全体をとおして、精神分析がいま時代の流れとともに直面せざるを得なくなっている困難にたいし、どう立ち向かっていけばよいのかという問題意識と危機感が共有されていると感じました。

 

個人的に一番興味深かったのは、なんと言っても色んな国の臨床を具体的に知ることのできる二日間にわたった症例検討でした。今回のようなラカン派の症例検討会では、大会テーマおよび理論がどのように症例理解を助けてくれたのか、あるいは理論の理解を症例がどのように助けるのかが明確になるような、かなり的をしぼった発表を聞くことができます。

また、大会をとおしてジャック=アラン・ミレール氏がご高齢にもかかわらずコメントを度々なさったり、大会の総締めくくりに登場して次回大会の趣旨説明をやり終えるなど活躍し、その姿も非常に印象的でした。

 

※ 正確には、ラカンの返答は「耐えがたいものとしての、現実界」です。

 

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