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切迫する不安 ピエールの症例

パニック発作に悩む35歳ピエールの症例です。これはフランス人女性精神分析家であるエレーヌ・ボノーHélène Bonnaudの書いた「言葉にとらわれた身体」le corps pris au motという本(Navarin Editeur)に紹介されています。

 

この症例は7回という精神分析的な面接としては少ない面接回数で、治療効果があったと考えられるものです。

 

ピエールは35歳で、2年ほどパニック発作に悩んでいました。発作が始まったのはある友人が自殺した後のことでした。この友人は前途有望で、哲学の博士論文の口頭審査を終えて結婚したばかりのところであり、妻は妊娠をしていました。ピエールや周囲の人間は、なぜこの友人が飛び降り自殺を図ったのか、理由がまったく分かりませんでした。そして困惑と漠然とした不安に捉われていました。

 

ピエールは精神分析家たちの団体が運営する相談施設を訪れます。すぐに話がしたいという切迫した様子だったため、多くの場合予約の手続きが必要であるにもかかわらず、この女性分析家は緊急に彼を面接に受け入れることにしました。

 

初回、彼は不安を訴え、前述したように前途有望で幸せの絶頂にいると思っていた友人が自殺を図ってしまったことを語ります。しかし本当の問題はその先に起こったのでした。友人の死を知りショックを受けた後、ある共通の友達に「君に同じこと(自殺)が起こるなんてことは、あってはならないよ」と声をかけられたのですが、まさにこう言われたせいで、ピエールは自分が自殺をするのではないかと動揺し、一層の不安に陥ってしまったのだということです。

 

ピエールにこの言葉をかけた友達の意図は分かりません。自殺の伝染する性質のようなものを心配してそう言ったのかも知れませんしそうでないのかも知れませんが、とにかくこのフレーズがピエールの胸に刻み込まれてしまい、不安を生むものになってしまったのでした。

 

そして初回彼に会った分析家には、ピエールは不安発作のことよりもむしろ自身が自殺という行為をしてしまうのではないかと、切迫した様子で訴えていると感じられました。彼女は分析と並行して精神科をもつ医療機関で薬を処方してもらうことを提案しましたが、ピエールはそれは拒絶して分析家との次の面接の約束をしました。分析家はもしその約束の日より前に発作が出た時には連絡をするようにと言って、初回を終えました。

 

人生の見直し

 

三回目の面接で、ピエールにとってこの分析家との面接が、彼のそれまでなじんできたコミュニケーションの取り方と非常に異なるものだということが分析家に分かります。ピエールはカトリックの熱心な活動家でした。彼は自身の属するグループが催す「人生の見直し(修養会)」という会合に定期的に参加しているのですが、そこでは参加者が順々に、自分の人生の中で問題となった個人的な事柄について、皆の前で語る習わしでした。語ったり人の語りを聞く時間が終わるとつづいて福音書を読む時間が設けられ、人生上の難問を福音書に照らし合わせて解き明かしたり、各自内省する・・という時間が設けられました。それまでピエールはこの内省の時間を非常に大事にしていたのですが、分析家との面接が始まるとこの集まりに出なくなりました。分析の時間が、言わば修養会での内省の時間に取って代わったようでした。とは言え、ピエールにとって信仰は揺るぎのないもので、そのグループとの絆も疑いの余地がないものでした。

 

この分析的な面接は8か月の間に7回行われました。パニック発作は消え、ピエールは自信を回復し、仕事や女性との関係におけるいくつかの問題を解決することができました。一般的な分析的な面接からすると、頻度も回数も少ない例外的なものと思われますが、要所を的確に押さえた良い面接だったのだろうと思います。

以下、その7回の面接について説明します。                   ()に続く

コラム

PTSDの症例 ミンナ(5/5)

    まとめ

 

最後に、ミンナの場合、トラウマとはどういうものだったのかを改めて説明したいと思います。

 

ミンナはテロに遭って、トラウマを負い、PTSDと診断される症状に苦しみました。特に、ミンナにとってトラウマとなっているものを明確にするなら、それは繰り返される悪夢の中に出てくるような“まなざし”であると言えるでしょう。それは負傷者たちの合間をぬって逃げた時にひとりの負傷者がミンナを見つめていたことに由来していました。この場面がトラウマを生みだしていて、そのまなざしは“横たわるキリスト”を思わせるものでもありました。

 

ミンナは父親の信仰する宗教的な価値観のなかで生きてきた女性です。それは「右の頬を打たれたら左の頬を差し出」すこと、清貧を良しとする世界でした。しかしテロが現実に起こるような世界において、ミンナはもう差し出すべき左の頬は持っていなかったと分析家は考えます。ミンナが生きていくなかでそれまで信じていた信仰や信念の支柱そのものを、テロの現実は打ち砕いてしまったのだと考えられます。もし仮に、父親が、人間というものは基本的に野蛮な動物で、攻撃されたら自分を守るために反撃しなければならないという考え方の持ち主でそのようにミンナを育てていたなら、彼女のトラウマの話は違ったものになっていたと考えられます。

 

悪夢に出てくる“横たわるキリスト”というのは、象徴的に言えば、テロ行為によって(その世界観に)傷を負った(であろう)父親のこととも言えます。ミンナが見捨てて走り去る以外になかった、その父親が、悪夢の中で、彼女に非難を繰り返し浴びせていた―というふうに考えることが出来るのです。

 

ミンナの場合は、分析はそれまでの価値観を深く問い直す契機となり、結果的には両親から精神的な自立を果たしたり子供との関係の持ち方をそれまでとは変えるに至ったようです。そして、そうする中で、非難を浴びせるようなまなざしは完全に夢から消え去り、穏やかな眠りを取り戻すことができて、終結を迎えることが出来ました。

 

ラカン派精神分析の特徴について

向精神薬を用いたり、認知行動療法的なアプローチによってフラッシュバックや悪夢などの症状に改善がみられ、気持ちが安定し、それでやっていける方も沢山いらっしゃいます。

しかしラカン派精神分析では、症状のもつ意味、それもその人に固有の意味を出来る限り明らかにすることにより、より根本的な解決をはかることを目指しています。ミンナが見た悪夢「横たわるキリスト」は彼女に完全に独特な、固有なものです。一般的な治療から言えば、そのような非常に個別的なものに注目してそれを巡って詳細に話を聞き、分析していくようなやり方は、特殊なものと考えられるでしょう。

しかしミンナはまさにその悪夢、もっと言えばある種の“まなざし”に苦しんでおり、それから解放されることを強く望んでいたのですから、それに関する連想を聞いて出来る限りその意味を明らかにすることこそが、もっとも大事であると考える立場もあるわけです。

このように精神分析では、あくまでひとりひとりはまったく違う存在であるという観点から個別性を尊重し、症状が持つその人固有の意味を知ることで治療効果をもたらそうとする点が、ほかの治療法、ほかのアプローチとは非常に異なる点であると言うことが出来ます。

 

参考文献 「精神分析の迅速な治療効果」ジャック=アラン・ミレール監修、森綾子訳、福村出版

コラム

PTSDの症例 ミンナ(4/5)

一連の夢のつづき

ミンナの分析では夢が解決策や解決を示すような、重要な役割を果たしています。

④第四の夢。ある面接の終わりに、彼女は夢を語ります。「ねじの夢を見ました。私はねじの周りに糸を巻き付けていて、それを解いたり巻いたりしています。解いているよりも多く巻いていました」。

 

分析家がルーマニア語で“ねじ”は何と言うのかと問うと、「その発音はほとんどエヴァを誘惑した蛇と同じ発音です・・幸せが完璧なかたちで存在していた楽園からの追放です」と答え、自由連想を続けます。「ルーマニア語で『人生の糸』という表現があるんですけど・・この表現はスペイン語にもありますか?」と尋ねてきます。

この夢はテロによってミンナになにが起こったのかを教えてくれていると分析家は考えます。ミンナの連想から言えることは、ねじとは蛇のことであり、「楽園からの追放」に関連しています。確かに旧約聖書の創世記には楽園追放の話があり、蛇が出てきます。この夢が意味しているのは以下のようなことになります。実際、ミンナは父親の価値観に沿った形で、それまでは幸福に生きてきたと考えられます。もしそれがそのまま続いていれば、悪夢も生じなかったはずです。しかしテロ行為によってトラウマを負い、そのような楽園に住んでいることできなくなり、追放されてしまったと考えられます。言わば「人生の糸」がほどけてしまったのです。それで夢の中で糸を「解いているよりも多く巻く」必要があるのでしょう。

 

⑤ 第五の夢。彼女は笑いながら語ります。「一匹のワニがいて、私以外のみんなを噛んでいます。その尻尾をつかまえて宙に逆さ吊りにします。頭部が下になっています」。

彼女は難を逃れていて、状況をコントロールしつつあると、考えることが出来ます。ほかの人はワニに噛まれていますが、彼女はその尻尾を握ることすら出来ているのです。

 

⑥ 第六の夢。カルミナ・オルドニェスが出てくる夢。この夢は次の5/5で取り上げます。
カルミナ・オルドニェスは、有名な闘牛士の一族ファミリア・オルドニェス出身のセレブリティで2004年自宅の浴室で変死を遂げた女性です。

 

⑦ 第七の最後の夢。「私は目を覚ましました、するとベッドの足元に顔のない一人の男性がいました。私が感じたのは安らぎの感情でした」。

第一の夢では「横たわるキリスト」の非難するようなまなざしが悪夢としてミンナを悩ませていましたが、面接を重ねることで、「顔のない男性」が夢に出てきて安らぎを与えるに至りました。ここでは非難するようなまなざしは、完全に消えています。ミンナの恐れ、不安は消え去り、笑うことが出来るようになり、「人生の糸」も取り戻すことができたと考えられます。

 

こうしてミンナは回復し、ミンナの面接は20回で終結となりました。ラカン派の精神分析の心理療法として、迅速に効果があった例と考えられます。

 

腫瘍の問題と面接の終結

 

後回しにしていた第六の夢の時期に戻ります。
ミンナはこの頃満足していました。息子はルーマニアでの学業をやめて、スペインに移住して働くことに決めました。ミンナは故郷にいる時には息子のために冷蔵庫のある場所を用意するなど、彼に対して過保護な態度で接していました。しかし彼の自立への決意を聞いて、ミンナもそのような態度を改めようとするかも知れません。

 

しかしまさに面接が終盤にさしかかったこの段階で、「実は子宮に腫瘍があり、ほんの数日前に医者に行ったところです」と語ります。腫瘍についてはテロが起こるより前から分かっていたことだったのですが、彼女は怖くてずっとそこから目を逸らしていたのです。
彼女は「テロよりも(腫瘍に関して)不安はありません。私のからだで起きていることでは傷つかないのに、テロがこんなに私を傷つけるなんて変ですよね」と言って、第六の夢を見たのでした。内容についてはあまり覚えていないようでしたが、よく話題になるセレブの女性が出てきました。その女性は闘牛士一族に属すること、変死を遂げたことで知られていました。

その夢に登場した女性の名前はカルミナ・オルドニェスですが、カルミナ(Carminna)の中にはミンナ(Minna)が響いています。ですからこの夢はここではミンナの死を意味していると考えられます。これはミンナが腫瘍を不安に思い死を怖れていることと関連しているでしょうが、そのほか、父親に従順だった娘としてのミンナが死ぬことを表しているのかもしれません。

このあと手術はすぐに行われて腫瘍は害のないものと判明しました。ミンナは自分が元気であると感じ、顔のない男性の夢(第七の夢)を語ります。そしてそれが最後の面接であることにミンナと分析家の意見が一致して、面接は終わりました。    (5/5につづく)

 

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