PTSD 鬱病 発達などの悩みご相談下さい。ラカン派臨床心理士によるカウンセリング

フランス人の方へ
護国寺こころの森相談室
フランス人の方へ
  • お問い合わせ・ご予約:03-69020262
  • お問い合わせ・ご予約はこちら

iconコラム

image
ホーム > コラム > 精神分析の実際 > PTSDの症例 ミンナ(5/5)
コラム

PTSDの症例 ミンナ(5/5)

    まとめ

 

最後に、ミンナの場合、トラウマとはどういうものだったのかを改めて説明したいと思います。

 

ミンナはテロに遭って、トラウマを負い、PTSDと診断される症状に苦しみました。特に、ミンナにとってトラウマとなっているものを明確にするなら、それは繰り返される悪夢の中に出てくるような“まなざし”であると言えるでしょう。それは負傷者たちの合間をぬって逃げた時にひとりの負傷者がミンナを見つめていたことに由来していました。この場面がトラウマを生みだしていて、そのまなざしは“横たわるキリスト”を思わせるものでもありました。

 

ミンナは父親の信仰する宗教的な価値観のなかで生きてきた女性です。それは「右の頬を打たれたら左の頬を差し出」すこと、清貧を良しとする世界でした。しかしテロが現実に起こるような世界において、ミンナはもう差し出すべき左の頬は持っていなかったと分析家は考えます。ミンナが生きていくなかでそれまで信じていた信仰や信念の支柱そのものを、テロの現実は打ち砕いてしまったのだと考えられます。もし仮に、父親が、人間というものは基本的に野蛮な動物で、攻撃されたら自分を守るために反撃しなければならないという考え方の持ち主でそのようにミンナを育てていたなら、彼女のトラウマの話は違ったものになっていたと考えられます。

 

悪夢に出てくる“横たわるキリスト”というのは、象徴的に言えば、テロ行為によって(その世界観に)傷を負った(であろう)父親のこととも言えます。ミンナが見捨てて走り去る以外になかった、その父親が、悪夢の中で、彼女に非難を繰り返し浴びせていた―というふうに考えることが出来るのです。

 

ミンナの場合は、分析はそれまでの価値観を深く問い直す契機となり、結果的には両親から精神的な自立を果たしたり子供との関係の持ち方をそれまでとは変えるに至ったようです。そして、そうする中で、非難を浴びせるようなまなざしは完全に夢から消え去り、穏やかな眠りを取り戻すことができて、終結を迎えることが出来ました。

 

ラカン派精神分析の特徴について

向精神薬を用いたり、認知行動療法的なアプローチによってフラッシュバックや悪夢などの症状に改善がみられ、気持ちが安定し、それでやっていける方も沢山いらっしゃいます。

しかしラカン派精神分析では、症状のもつ意味、それもその人に固有の意味を出来る限り明らかにすることにより、より根本的な解決をはかることを目指しています。ミンナが見た悪夢「横たわるキリスト」は彼女に完全に独特な、固有なものです。一般的な治療から言えば、そのような非常に個別的なものに注目してそれを巡って詳細に話を聞き、分析していくようなやり方は、特殊なものと考えられるでしょう。

しかしミンナはまさにその悪夢、もっと言えばある種の“まなざし”に苦しんでおり、それから解放されることを強く望んでいたのですから、それに関する連想を聞いて出来る限りその意味を明らかにすることこそが、もっとも大事であると考える立場もあるわけです。

このように精神分析では、あくまでひとりひとりはまったく違う存在であるという観点から個別性を尊重し、症状が持つその人固有の意味を知ることで治療効果をもたらそうとする点が、ほかの治療法、ほかのアプローチとは非常に異なる点であると言うことが出来ます。

 

参考文献 「精神分析の迅速な治療効果」ジャック=アラン・ミレール監修、森綾子訳、福村出版

ページトップ