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精神分析の実際

精神分析のプロセス(2) Aさんの症例

1 ずっと悩んでいることを話しにやってきたAさん

 

Aさんは20代の女性ですが、長年ひとつのことに苦しんできました。それは「自分はなにかうまく笑えない。自分の笑いは奇妙なのではないか」という悩みでした。べつに人からこれについて指摘されたことはなく、むしろ周囲には明るく楽しい人と思われているとのことです。でもAさんは下らないことだと思いながらも気になるとどうにもならず、もう10年ほどこのことに悩んできたと言います。最初はなんとなくそんな考えが浮かぶという程度でしたが、成長するに従って悩みは深くなり、今では自分の「笑い」が気になって、目の前の人との会話が楽しめないこともあります。出会いを求めて外に出かけて行きたいと思っているにもかかわらず、その勇気がでなくて、だんだんと自分に自信がなくなってしまいました。しかしこのままではどんどん悪化するだけだと思い、もしかしたらこういう変な(?)悩みでも聞いてもらえるのではないかと思って、分析家のうちにやってきました。Aさんは最初週に二度、のちに三度、分析家のうちに通うことに同意しました。

 

分析家はAさんに、とにかく何でも頭に浮かぶことを話すように話します。するとしばらくしてAさんは語ります。「不思議と頭に浮かんでくる一枚の写真があります。それは小さい頃に兄からもらった本のなかの写真で、ある女性作家が写っていました」。それから、「でも確かにその作家さんの笑い方は変だなと思いました。たぶん写真が加工されていて、色の付き方が変だったのかも知れませんが、よく覚えていません」彼女はこんな写真のことはとっくの昔に忘れていることだし、たぶん本のことはくれた兄も忘れていると思うのに、なぜ今これを思い出すのかは不思議だと言います。ただ「奇妙な笑い」という点は自分の悩みと共通しているため、もしかしたら何か関係があるのではないかと思い始めました。

その後分析が進んで、Aさんが理解したのはだいたい以下のようなことでした。Aさんの両親はあまり子どもに関心を持たない人たちで、Aさんは孤独な幼少期を過ごしていましたが、唯一の心の支えが兄で、兄のことが大好きでした。そんな兄がくれた本のなかに登場するこの作家は、兄にとっては憧れの、理想の女性のようなものだったそうです。じつはこの「自分の笑いは奇妙なのではないか」という強迫観念のような症状は、Aさんがこの作家に無意識に同一化していることが原因で、起こったことでした。つまり、兄のこころの中でこの女性作家が占めている位置をAさんは代わりに占めたい、そうして兄にもっと愛情を注いでもらいたいと望んでいたのでした。そしてAさんはこの作家の持つ特徴である「奇妙な笑い」も無意識に自分の身に引き受けて、それについて苦しむという形で自分を罰していたということなのです。(症状を生みだす原因となっていることがらは決して一つのことだけではありませんが、ここではこのひとつだけを取り上げることにします。)

ただ、そこまで理解が進み、完全に症状が消え去ってしまうには、かなりの時間が必要でした。「同一化」という概念も、本当に理解するのはそう易しいものではありません。そしてこの話はAさんのセクシャリティーや愛情にまつわることの分析がなされないと、完全には理解できないものでもありました。

ですからAさんの場合、実際の分析は以下のように進みました。

まず悩みについて語り、ふと思い出したことを自由に語ります。この三角関係(兄とAさんと女性作家)についての話がある程度まで語られると、もうこの症状についてあまり悩まなくなりました。というのは、Aさんは自分の症状に、ある種の『理由』『原因』があること、無意識がなんらかの形で作用していることが、はっきりと実感として分かったからです。それも、ただ頭に思い浮かぶことを頼りにするだけで、理解に至ったのでした。このような分析の最初に起こった色々な発見はAさんを非常に驚かせると同時に、安心も与えました。それでもう以前ほどそのことで悩まなくなりました。そして、Aさんはつぎに見えてきた自分の問題に、取り組むことにしました。それは兄を頼りにせざるを得なかった状況はなぜ生まれたのか、幼少期の親との関係は、どういうものなのだったのかを考えることでした。その後、Aさんのセクシャリティーや愛に関することがらを話し理解することへと移り、その話をしているなかで最初の主訴(「自分の笑いは奇妙なのではないか」)についてより分析が進み、完全にこの症状は消え去ることになりました。

 

このケースでAさんはまず「症状」を訴えることから分析を始めたと言えます。そしてその最初に訴えた「症状」についてある程度理解したと感じたところで、Aさんの関心は自然とほかの問題に移っていきました。このようにひとつの問題が片付いたり解決したりしたときに、次のことに取り組もうとする場合もあれば、そこで終わりにする場合もあります。だいたい色々な問題は絡み合って存在しているものなので、ひとつの問題の解決はつぎの問題の入り口になっていることが多いと思いますが、続けるかどうかは分析をやっている人が決めることでしょう。Aさんの場合は続けることを選択し、ほかのさまざまな問題を問うたり、また違う角度、違う深さで最初の主訴についての分析が再びなされ、それについて完全に解決を見た・・というプロセスを辿りました。

(症例はモデルケースとして創作したものであり、フィクションです)

精神分析の実際

精神分析のプロセス(1)

ラカン派の分析の辿るプロセスの見取り図のようなものが欲しいと、ある人が言っていました。精神分析で実際にどんなふうに分析がなされるのか、なにが起こるのかは、外からは見えません。だから精神分析を始めるということは、精神科を受診する以上に、思い切りが必要で、とにかく敷居の高いものなのだということでした。確かにそうかも知れません。

 

ただ、精神分析のプロセスは、本当にひとそれぞれで、それを「こういうプロセスを辿る」と提示するのはとても難しいことです。100人いれば100通りのプロセスを辿るわけです。ふつうは悩み事が語られて、それにたいして専門家の「分析的」なアドバイスが何らかの形で与えられて、面接や分析は終了するのだろう・・と思われがちですが、そういうふうにものごとは進みません。

 

精神分析でただひとつ、分析主体(分析を受ける人のことを、分析主体とか、分析者と呼びます)に求められること、それは「自由連想」と言われているものです。これは頭に浮かんだことがらをすべて話す、という掟です。日常の世界では、むしろ頭に浮かんだことのすべては話さないように、私たちは教育されているものです。だから何か思いついても、道徳的でないとか、下らない、言ったら恥ずかしいと思ったら、それについて人には話さないようにしなければと考えることもよくあるでしょう。ですからこの自由連想法は、人によっては実行するのがたいへん難しいものと感じられる場合もあります。

 

しかし頭に浮かんだことをそのままそっくり言うことは、分析ではとにかく大切なことなのです。精神分析とはまさに、その人が思いついたことや、連想が連れて行くところに、進んでいくものです。なぜならそれは一見遠回りに見えても、その人がその時もっている問題の核心に到達するのに、いちばんよいやり方だからです。

 

ただ、自由連想が進むがままに分析は進む・・と説明してもやはり不十分で、もう少し知りたいと考えるのは自然なことだと思います。それで、いくつか精神分析のケースを、例としてあげてみようと思います。と言っても、個人情報の観点からありのままを報告することは不可能なので、これはいろいろな経験や資料などをもとにした、創作です。このようなフィクションとしてしか実際のところを紹介できないのは、性質上、しかたのないことです。それでもなるべく大事なエッセンスは伝えられるように、工夫しました。

 

精神分析の実際

精神分析の実際について

精神分析でじっさいどんなことが行われるのかについて、まだあまり知られていなくて、ブラックボックスのようなものだと、ある友人が言っていました。確かに精神分析を実際に経験した人自体まだ日本では少ないですし、分析の実際のところについてついて書いた人はもっと少ないと思います。

このブログではなるべく平易に、そこのところを説明してみようと思います。

よくある質問

よくある質問について

2019/05/25

 

相談室でよく出る質問に、答える形で書きました。

また症例検討会で質問されるラカン派の用語についても、簡単な説明をしてみようと思います。

とくに順番はありません。興味のある箇所を読んで下さい。

 

 

よくある質問

精神医学と精神分析とはどう違うのでしょうか

2019/05/25

精神医学と精神分析はどう違うのでしょうか

 

精神医学では、患者さんにたいして薬物療法が主になります。眠れないという人には睡眠薬を、気持ちが落ち着かない人には精神安定剤をというような、薬の処方がメインです。また、国家資格の医師免許をもった医者が、治療を担当することになります。マニュアルに基づいて診断を下すのも、精神科医の重要な役割です。

 

上記と比較すると、精神分析では、相談者にたいして「ことばによる治療」が主になります。薬の処方はありませんし、精神科的な診断を下すこともありません。精神分析については国家資格は存在せず、民間の団体が精神分析家を認定することが多いです。

 

例えば夜眠れないと悩む人がいるとします。単純化して言えば、もしこの「眠れない」ことを解消したいだけであれば、精神科医に会って睡眠薬をもらえば、その薬がその人に合う合わないなどの問題があるにしても、それが治療になります。それとは違って「眠れない」ことのそもそもの原因を探り、根本から解決しようと思うのなら、そのことについて思うことを色々話し、例えば人間関係に悩みがあるとか、それはどういった事柄なのか、どうすれば解決するのかを考えてみることになります。それが薬を使うのではない、「ことばによる治療」ということです。ことばには人がことばを使用するという側面だけではなく、ことばが人に大きな影響を与えるという側面もあります。精神分析ではこのようにことばには人への大きな影響力があると考えています。

 

コラム

『精神分析の迅速な治療効果』について(2)

2018/09/03

題名が「精神分析の迅速な治療効果」とあるとおり、どの症例も短期間で治療効果があったと考えられるものが紹介されています。そのひとつひとつの内容を、簡単に紹介します。

精神分析の迅速な治療効果

 

第一章 症例ミンナ―テロに遭遇してトラウマを負った30代女性

仕事に行く途中たまたまテロに遭遇してしまった女性で、その後悪夢にうなされています。
トラウマに苦しむミンナの悪夢に繰り返しあらわれるのは、事件内容そのもの(たとえば爆弾や犯人像)ではありません。むしろこの不幸な出会いが生んだ、この女性に特有のものです。
またテロのような衝撃的な出来事に遭遇したとき、ある人にはそれがトラウマとなりその後症状に苦しみますが、ある人にはトラウマにならず症状も何もでない、そのことをどう捉えたらよいのかについて、説明の試みがなされています。
それからこの症例にはとくにたくさんの夢と、それにまつわる連想が報告されています。そして分析家による解釈も提示されています。

精神分析の迅速な治療効果

フランス語版

 

第二章 症例マルタ―夫の暴言に悩み離婚を望む30代女性

今までの自分から変わろうと決心した、三人の子どもを持つお母さんの話です。マルタの感じている「不安」というものが持っている大事な側面や、彼女が着てきたTシャツに書かれたことばが意味することなどが説明されています。

 

第三章 症例アンドレア―十年前に離婚した40代女性

離婚して10年たち、新たな恋愛をはじめている女性です。彼女は異性との関係の持ち方について、分析することができたようです。そのほか、「同一化」についての説明などがあります。

精神分析の迅速な治療効果

スペイン語版

 

第四章 症例ペドロ―愛と欲望のあいだで女性を選べない30代男性

二人の女性のあいだで態度を決められない、優柔不断な男性で、強い不安をもってやって来ました。分析家のところで女性問題を解決した後、局所性ジストニアにかかり苦しみますが、これも迅速に解決したと報告されています。
この章では、たとえばなぜ精神分析にとって自由連想法がたいせつなものなのかなどの説明がなされています。
守秘義務への配慮のためか、この本のなかで一番、秘められたままになっている箇所が多い、症例報告であるように感じました。

 

第五章 症例ペペ―大便を失禁する4歳男児

友だちと遊べない、言語の発達の遅れ、トイレの便器を使えないなどの問題がある男の子です。面接室における、一見理解しがたいペペの振る舞い、遊びを、分析家がどのように解釈し、介入したのかが説明されています。ぺぺがこの世界とうまくやっていくために自分で編み出した工夫・遊びも、取り上げられています。

 

第六章 症例アロンソ―病的嫉妬で浮気の証拠を探し求める30代男性

恋人が浮気をしているのではないかという嫉妬妄想に苦しむ男性です。彼が激しい嫉妬心をもつのはなぜなのか、どのように理想の女性を作り上げようとするのか、また、どのように自分の症状と折り合いをつけて現実に適応できるかなどが、説明されています。彼が報告する長い夢についても討論され、その解釈が提示されています。

コラム

『精神分析の迅速な治療効果』について(1)

2018/09/03

訳書、ジャック=アラン・ミレール監修『精神分析の迅速な治療効果』が出版されます。護国寺こころの森

この本はシャン・フロイディアン(ラカン派)の精神分析家たちによる症例検討会のライブ記録です。症例が6つ紹介され、それぞれの症例をめぐって、分析家たちが質問や意見を出し合って理解していく様子が、そのまま収録されています。

専門家たちが完全に専門家向けに行っている検討会ですので、すこし難しい面もあるかも知れません。訳注をつけましたが、ラカン特有の用語を理解するためには、より詳しい解説や勉強が必要だと思います。また、当時のフランスの精神分析を取り巻く状況を知らないと、議論が見えないところもあります(訳者あとがきに少し説明しました)。

しかしそうは言っても、取り上げられる症例のひとつひとつが、まずとても興味深いと思います。テロ被害者の女性、離婚して新しい人生に向かおうとしている女性、大便を失禁してしまう男の子、嫉妬に苦しむ男性・・など。読み手にとり共感できるところも多いのではないかと思います。

そしてそれに続く討論も自由活発で面白く、繰り返し読みながら精神分析や分析家たちが考えることについて、いろいろ学ぶことができると思います。

またとくに、夢がたくさん取り上げられていることが、この検討会のひとつの特徴かと思います。精神分析では夢は無意識が生み出すものと捉え、そこに夢を見ている人の願望や気持ちなどが(ストレートな形ではなくても)表現されていることが多いので、とても大切なものと考えられています。夢の解釈はじっさいは簡単でないことも多いですが、本書で提示される解釈は、とても説得力があるものだと、私は感じました。

次のページでは、6つの症例と討論を、ごく簡単に紹介します。

コラム

症例 「鳩男」

2017/07/27

  雑誌Mental33号

前のコラムに書きましたが、ヨーロッパ精神分析連盟主催のPIPOL7では、初日に多くの症例発表が行われました。「犠牲者」という大会のテーマに何らかの形で関連がある症例の検討が行われました。

その中で私の印象にとくに残った症例が「鳩男」と言うものです。

このタイトル「鳩男」というのは、日本語で言うと「鴨男」というほどの意味です。日本語で「~のいい鴨になる」(~の都合良く利用される)という表現がありますが、そう言いたいときに、フランス語では「鴨」のところが「鳩」になるのですね。これは面白いと思います。

内容をごく簡単に紹介することにします。(以下、ラカン派精神分析の用語がいろいろ出てきますが、それらに関してはまた機会を改めて説明したいと思います。)

この発表で扱われていた主体は、ラカン派精神分析の分類で言えば、精神病の主体です。この男性はある犯罪を犯した後に精神分析家と出会い、面談をつづけ、自分の享楽を名付けることに成功し、自分の人生に責任を負う主体として生きることが可能となった人物として報告されています。精神分析的な面談によって主体の変化が起こり、人生が良い方向へ変化した一つの成功例として、提示されています。

ただ彼は自分の罪状を最初から最後まで(分析家との面談が進んでも)否認しており、事件の加害者である自分のことを「被害者」であると見なしている人物でもあります。このような主体にたいしてどういった姿勢で臨むことが可能なのか、精神分析家が出来ることと出来ないこととが、説明されているとも思います。

発表者のジョナサン・ルロイ(Jonathan Leroy)氏はベルギーの司法関連機関で働く精神分析家で、ブログも運営しています。3ページ程度の短い論文ですが、主体が大他者の享楽の対象になるという経験についてや、症状からサントームを作り出すということの一例が、手際よく提示されていると思います。発表論文はその後雑誌Mentalの33号に収録されました。

※この論文は症例論文のため、プライバシー保護の観点からそのままここに掲載することは、残念ながら出来ません。詳細をお知りになりたい方は、ルロイ氏論文の試訳がありますので、相談室宛てにメールでご相談下さい。

コラム

PIPOL7 (ヨーロッパ精神分析連盟第3回大会)について

2017/05/04

この大会は2015年7月4日、5日の二日間にわたりベルギーのブリュッセル、スクエアブリュッセルミーティングセンターで開催されました。主にヨーロッパで活動するシャン・フロイディアン(ラカン派)の精神分析家たちによる大会で、2年に一度開かれます。この年私は一年パリに留学していたため、参加することが出来ました。あれから時間はかなり経ってしまいましたが、今回はこの大会についての印象を簡単に書いておこうと思います。

参加者は1200人ほどで、「ヨーロッパ精神分析連盟EFP EuroFédération de psychanalyse」が主催のこの大会では、まず申し込み時に講演を聴くための同時通訳の言語を選びます(フランス語、イタリア語、スペイン語、英語、ドイツ語の中から一つ)。参加費用は二日合わせて、早期申し込みで140ユーロ、その後は180ユーロ(学生は半額)でした。また二日目終了後の打ち上げのようなレストランでのパーティーに出席したい人はさらに50ユーロ払うとのことでした。

護国寺こころの森相談室

PIPOL7大会バッジ

大会のタイトルは「犠牲(者)victime !」。

このタイトルは2015年1月に起きた、シャルリー・エブド社への襲撃事件にちなんで選ばれたとのことです。この事件とそれに続いた一連の事件では、警官や出版社関係者(風刺漫画家も含む)、ユダヤ人らが標的とされ犠牲になりました。精神分析は言論の自由が保証されていることがその実践の前提になっていますし、ユダヤ人の方が多く活躍していることからも、この事件は参加者皆にとって大変な衝撃だったと思います。ラカン派のこういう大きめの会合では主題に合ったバッチやノートなどを作成して配布するのが流行っているらしいのですが、この大会でも、襲撃で命を落としたシャルブとティヌスが描いた、口を封じられているフロイトのバッジが配られました。これはこの事件とは全く関係ない機会に精神分析を擁護する目的で彼らが風刺画を描いたもので、その一部を切り取って作成したものだそうです(詳しくはLacan Quotidien 451を参照)。

大会前からPIPOL7のためのサイトが開設され、「犠牲(者)」という言葉が連想させるものに関して、参加者による様々な投稿が数多くなされていました。内容的には精神分析にとどまらず文学・芸術・政治・歴史など多岐に渡っていて、メーリングリストに登録すると、大会まで毎日のように2・3の短い記事が送られてきました。サイトはいつまで公開なのかは分かりませんが、現時点ではまだ記事が読めるようです(注:サイトがなくなったのでリンクを削除しました、以下も同様です)。

また「victime」という語の語源について色んな国の人に書いてもらっているので、その日本語の語源について書いてもらえませんかと、ある大会関係者から頼まれました。私は全く語源の知識がないので遠慮すべきだったかも知れませんが、依頼されたことが嬉しかったことと、せっかく大会に参加するのだから何か少しでも貢献したいと思ったので、自分なりに書いてみることにしました。それで急遽辞書とネットを使って調べ、投稿しました。

 

プログラム 初日

午前の部 10時~13時30分、午後の部 15時~18時30分

参加者は事前にあらかじめ10のグループに振り分けられ、丸一日ひたすら症例発表を聞きました。そのやり方は、1時間ごとに司会者、コメンテーター、2人の症例発表者が登場して、発表、討論(時間が残れば会場からの質問を受け付ける)を繰り返す、というものです。ですから参加者は一日で最大一人12ケース聴くことが出来ました。

ラカン派の症例発表・検討会への参加はこれが初めてではありませんが、やはりとても面白かったです。発表される症例は何らかの形で大会テーマの「犠牲(者)」に関連していることが条件ですが、その上で私のいたグループ5では、例えば10時からの会は「その幻想について」、11時からの会は「要請と犠牲」、12時からの会は「刑務所で」というタイトルがつけられていて、議論がしやすいように同じ時間帯に発表される症例の組み合わせに工夫がされているようでした。発表者は一人十数分程度に症例をまとめてきて、「主体の変化がどのようにして起こったか」に焦点を絞りこみ、またそれをきちんと理論づけて発表する努力がなされていたと思います。また様々な国の分析家たちによる面接の記録は、その人の住む国の特別な事情が垣間見えるところもあり、興味深く聴きました。ただ一つの症例に充てる時間がきわめて短いため、質問がある場合は後で個人的に教えてもらったほうが良さそうでした。それからこの大会では症例にかんする配布資料は事前にも当日にも何もなく、すべて耳で聞きとらなければならなかったため、ついていけない時間も多くありました。

そして午後の時間帯のうちの一つだけ、症例発表ではなく、「パス」(分析家になるための、「分析とは何であったか」を証言する一連の手続き)を通ったばかりの人たち2名が、自分の分析経験を語るという時間がありました。これも非常に興味深かったです。ラカン派の分析家になるための(教育)分析は数十年にわたることもめずらしくありませんが、自分がはじめどういうこと(症状や悩みなど)から分析に入り、それがどのように解決・変化し、分析の終わりにはどういう経験をしたか等いろんなことがテーマになり得ますが、かなり正直に二人とも自分の人生の話、症状の話、分析経験の話を語っているように思いました。

大会パンフレット

ヨーロッパ精神分析連盟による雑誌、Mentalの33号には二日間にわたるPIPOL7第3回大会で発表されたものの一部が収録されています。例えばこの初日に発表された症例の中からは、12症例が掲載されています。また別のコラムでそのうちの一つの症例を紹介したいと思います。

 

プログラム 二日目

 

午前の部

9時~ 「開会」 EFP会長ジャン-ダニエル・マテ氏の挨拶
9時15分~ 「視角」
世界精神分析協会AMP Association Mondiale de Psychanalyse会長、ミケル・バッソル 「技術、宗教、そしてそれらの犠牲者たち」
9時半~ ビデオ上映「シャルリーのために」
シャルリー・エブド社の女性社員に分析家がインタヴューをしたビデオ。彼女は事件の時現場に居合わせ、犯人のことばを聞いた人物。
9時45分~ 「過激化について」
フェティ・ベンスラマ (チュニジア出身精神分析家) 「傷つけられた理想」
ラシドゥ・ベンジーヌ (モロッコ出身イスラム研究者)「宗教的テキストと社会的効果」
上記二人の発表のあと、進行役マリ-エレーヌ・ブルス、ほかエリック・ロランとアントニオ・ディ・チャッチャ(3人とも精神分析家)が加わり、討論。
11時~ 「ある博物館、あるスーパーマーケット」
ジェラール・ヴァジャマン(美術評論家、精神分析家)「断固とした犠牲者たち」
上記の発表の後、ザハバ・シーヴァルド(2014年5月のベルギーにおけるテロの標的になったユダヤ博物館のキュレーター・歌手)、カトリーヌ・ラザルス-マテ(精神分析家)が加わり討論。
11時45分~ 「シリアにて」
ディディエ・フランソワ(ラジオ局ヨーロッパ1所属ジャーナリストで、アルカイダ系組織の人質となった経験を持つ)への精神分析家ロール・ナヴォ―とギー・ブリオルによるインタビュー

午後の部

13時45分~ イディッシュ語の子守歌の生演奏
13時55分~ 「彷徨う思想」
アレクサンドラ・レニェル―ヴァスティーヌ(作家・哲学者・歴史学者)「いけにえを殺す僧のレトリックの袋小路」
ジャン-ダニエル・マテ(精神分析家)による質問
14時30分~ 「ヨーロッパ的な居心地悪さ」
座長 ジル・キャローズ(精神分析家)
レジナルド・ブランシェ(精神分析家) 「いけにえの犠牲者」
アントニ・ヴィセンス(精神分析家) 「手紙ゲルニカ」
デボラ・グテルマン-ジャケ(精神分析家) 「イスラモフォビー、分割するひとつのシニフィアン」
15時45分~ 「私たちは誰でしょう?」
PIPOL7の大会準備・運営にかかわった人たち(おもに精神分析家)50名ほどが壇上にあがり、運営責任者ジル・キャローズ(精神分析家)によって一人づつ名前を呼ばれ、会場からの拍手喝采を浴びていた。拍手された当人たちの中で話したい人はマイクを持って話していたため、全体で45分ほど続いた。
16時半~ 「シャルリー後の不幸なアイデンティティ」
アラン・フィンケルクロート(哲学者、アカデミー会員)にアニェス・アフラロ(精神分析家)がインタヴュー。
17時半~18時45分  クローデル「人質」の上演
演出 ジャック・ロッシュ
ルイーズ・ロッシュ、ヴァランタン・レルミニエ

ほか、人権擁護の活動家でありジャーナリストのキャロリーヌ・フレストの語る「目覚め」というタイトルのビデオが上映されたかも知れませんが、記憶が定かではありません。手元のパンフレットとメモを頼りにあやふやなところを書いているため、その他についても多少の間違いがあるかも知れません。

2日目は、劇場としても使用される講堂の中ですべてが行われました。精神分析の臨床に一日をまるごと費やした初日とはがらりと変わり、分析家以外の人も招いて、精神分析と現代社会、それもテロリズムが一般市民を脅かすほどに台頭してきた社会との関わりを徹底して考えるプログラムとなっていました。そのうえで、歌や演劇といったエンターテイナー的要素も取り入れられたものでした。

それぞれの内容を要約して書くことはとても難しくてできませんが、個人的に印象に残っているのは、シリアスな内容のビデオや、その後の会場の緊張を和ませようとしていた女性の精神分析家マリ―エレーヌ・ブルス、「過激で人種差別的なISの思想がどう形成され、なぜそれに惹かれていく若者がいるのか」の力の入った討論、あまり個人的な体験を話したくなさそうなジャーナリストの猛烈なスピードの語り口、アラン・フィンケルクロート氏がくつろいだ対談で見せたユーモアなどです。また、女性ボーカル(おそらく午前に登壇したザハバ・シーヴァルドさんではなかったかと思います)ほか二人の演奏によるイディッシュ語の子守歌は初めて聞きましたがほっとさせてくれるものでしたし、「私たちは誰でしょう」という題の時間帯の、大会運営のために縁の下で支えた人たち一人一人を、会場からの大きな拍手でねぎらう場面というのも初めて見るもので、とてもこころ温まりました。発表や討論が繰り返されるあいだに、ことのほか緊張を強いられる時間(恐怖、「耐え難いもの」を体験した人の証言を聴く時間)と、芸術やユーモアに由来するなごんだ時間とが織りまざった、大会二日目だったのかと思います。
その他、二日間を通して、フランス出身で多方面で活躍するアーティスト、ピエール・ビスマスの手による作品が会場に展示されていました。

両日ともにベルギーやフランスが熱波に襲われていた時期で、体力的にはしんどく、また列車の都合で最後の演劇も残念ながら観ることができませんでしたが、大変勉強になりかつとても楽しい大会でした。精神分析の学会が、こんなにも人間くさく、しかも洗練され、刺激的で、知的な学会であり得るのだ・・と発見した体験となりました。
今年の7月1日、2日にはPIPOL8(第4回大会)がベルギーの同じ場所で開催され、今回のテーマは「規範外の臨床」とのこと、サイトもすでに公開されています。

コラム

コラムについて

2017/04/11

このコラムでは、精神分析にかかわる基本的な事柄の説明や、ラカン派の分析家たちの仕事の紹介をしていこうと思います。どうぞよろしくお願いします。

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